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2008/12/04

「成長」って何だろう – 『木のない山』

審査員特別賞を受賞した韓国映画『木のない山』。ソヨン・キム監督の作品です。上映前の舞台挨拶では、SKIPシティ国際Dシネマ映画祭において『ソルト』という作品で新人監督賞を受賞した夫のブラッドリー・ラスト・グレイ氏と娘さんも登場されました。

韓国ソウルに住む少女が、生活困難のため母親と別れて地方の伯母の家や祖父母の家に移り住み、妹と共に成長するという物語。詳細はこちら

この作品の特徴は、とにかく少女ジンとその妹ビンのクローズアップ・ショットが長い&多いことでしょう。クローズアッップやビック・クローズアップを頻繁に挿入することで、少女たちの寂しさや悲しみ、混乱や怒りを抱え、差し迫った状況のなかで必死に生き抜こうとする姿が見事に描かれています。もちろん、この手法が成立するのは子役2人の演技が素晴らしいから。あっぱれです。

内容ですが、監督ご本人やレビュー、また審査員特別賞の受賞理由のなかでも「少女たちの成長」というキーワードが多く出てきました。実際、この映画は姉妹の成長を映し出していますが、もうちょっと噛み砕いて考えてみたいと思います。

「成長」という言葉とは裏腹に、私はこの映画のなかでジンは徐々に「子供」らしく変化していると思っています。ビンを煙たそうに無視していたジンが、クロージング・シーンでは姉妹2人仲良く遊びながら歌を唄っている。だからといって、ただ単に「妹の面倒をちゃんと見れる姉になったからジンは成長した」という解釈にはならないのが、この映画の魅力の一つです。

母親といるとき、ジンは常に妹ビンの面倒を見るように言われてきました。友達とメンコで遊びたいのに隣人に預けられた妹を引き取りに帰らなければならず、伯母の家に行く途中も駅でビンをしっかり監視するように言われます。別れ際にまで「お姉ちゃんなんだから」と言われてしまう彼女が求められている役割は、実は「姉」ではなく、「母親」だったのではないでしょうか。子供であることを拒否された状態で、しかしながらまだ子供である彼女は、ビンのお迎えに遅刻したり、駅でもビンの行動に知らんぷりしたり。

一方、祖父母の家では、ジンはビンと一緒に行動し、遊んだり、仕事をしたりしています。その様子を私たちは「面倒を見る」と捉え、同時にそれを「成長」と捉えることもできます。ただ、ジンが「姉」としてビンに接することができるのは、祖母が「母親」のような愛情を持って孫2人に接し、食料を与え、生活の術を教えることで、彼女が「子供」であることを許したからではないでしょうか。「子供」は「母親」にはなれないのですから。「子供」として、ジンは母親が帰らないことを理解し、妹のビンと向き合い、祖母への優しさをも見せられるのです。その過程を、この作品では「成長」として繊細に描いているのだと私は考えます。

私は妹なので、姉が周りからよく「お姉さんなのに」と言われる姿を見てきました。ビンのようなわがままや甘え方を幼い頃によくしていたことも思い出されました。同じような気持ちにかられた方も多いのではないしょうか。フィクションとはいえ、ここまでリアルに観客の記憶を引き起こす映画ですから、やはり、タダモノではありません。


加藤 舞

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