FILMeX+VOLUMEONE

2008/11/26

11月24日「ノン子 36歳(家事手伝い)」:ヒトの弱さ

この作品、パンフレットを手にしたときから見たいと思っていました。イギリスの絵画、ミレイの「オフィーリア」をすぐに思い起こさせるインパクトのあるパンフレット(こちら)で手にとった者を「見たい」と瞬間的に思わせることに成功していると思います。内容は、簡単にですが30代半ばを過ぎた、かつては芸能人であった女性が離婚を経て、今ではもてはやされることもなく、何かに熱中することもなく田舎で神社を生業とする実家でなんとなく手伝いをしながら生活をしている中、世間知らずの若い男性と偶然出会い、その純朴さに惹かれ心を開いていく過程を描いていて、30代半ばで、どこにも方向性の見えない中生きている状態がこのパンフレットの浮遊感にわかりやすく表れていると思います。
 
まず音について印象的だったのが、この映画の中では主人公のノン子が常に近所を歩くときに履いている下駄(上記のパンフレット上でも彼女が履いていることに気がつきました!)が実に耳に心地よい音を響かせています。ノン子が怒っているときも笑っているとき もそのカツカツっという音は何ともいえない、映画では感じるはずのない風を感じさせる、空気のようなものがそこにはあるのです。音楽については、非常に様々な楽器を使ったポップな音色がよく流れるのですが、特に「この良い弦の音色、聞き覚えがあるなぁ・・」と思っていたら私の大好きなアイリッシュ音楽を用いていました。その国の歴史を示すように、それが時に物悲しくも楽しくもさせる効果をもっており、日本のある静かな古風な町にあえて流すことで、一層不思議な空間を生み出していたように思います。

さて、主旨とはずれてしまうのかもしれませんが、私はこの映画を見ていて<ヒトのアイデンティティ>について触れたいと思いました。前回「Passion」という映画(30歳前後の男女を描く)を見たばかりなので影響されているというのもありますが、それと共通してこの映画でも年齢と社会での期待される役割という日本の典型的な構図が垣間見え、題名「ノン子36歳(家事手伝い)」からも、年齢や職業や結婚がその人のアイデンティティの象徴として重要な役割をしていることに気がつきます。映画では表面的には描かれていないかもしれませんが、人は仕事なり遊びなり何かにエネルギーを注ぐ性質をもった動物であり、それが満たされていない状況下-ノン子の場合、仕事に恵まれず、熱中するものもなく、バツイチである-そのジレンマが”彷徨う性の解放”、そして”ヘビースモーカー”であるというノン子=坂井真紀の体を張った演技から私には伝わってきました。「自分が誰かのOnly Oneである」「家族がいるから頑張れる」「誇りとなるような仕事または定職がある」といった役割をもつことがヒトを支えるというのはよく言われることですが、それがないと安定感を保つことができないなんて何てヒトは弱い動物なのだと改めて思い、自身が実感としてもつのだろうかと、自分が30代半ばになったときにもう一度見たい作品です。

井山 彩子

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