FILMeX+VOLUMEONE

2007/11/18

『それぞれのシネマ』: 映画館のなかの観客

ワタクシも参上させて頂きました、第8回東京フィルメックス開幕。そして見てきました、オープニング作品の『それぞれのシネマ』。内容もスタイルもそれぞれ異なった33本のショートフィルム作品のなかに、私が見出したもの。それは、「映画館」という舞台に集う「観客」の存在でした。それでは早速レビューを。

『それぞれのシネマ』の制作にあたり、世界の著名監督たちにはある条件が出されていました。それは、映画館を題材とすること。したがって、33本の作品の多くに映画館が登場します。映画館が登場すると、これまた多くの作品に上映スクリーンが映し出される。そして、上映スクリーンがあれば、当然それを見ている観客の姿も作品に描かれます。例えば、レイモン・ドゥパルドン監督の『Open-Air Cinema』における老若男女であったり、北野武監督の『素晴らしき休日』におけるモロ師岡であったり、ロマン・ポランスキー監督の『Cinema erotique』における中年夫婦であったりするわけです。

そして、場所は『それぞれのシネマ』上映中の東京国際フォーラム・ホールC。上映中に私の後ろのほうから大きなイビキが聞こえてきたんですね。ハッと一瞬映画から意識が離れて、冷静に周囲を見回したとき、私はあることに気付きました。

映画のなかの観客と同じように、劇場(フォーラムですが…)でスクリーンを見ている、観客としての私がいる…と。

いわばスクリーンという壁が「鏡」であるかのように、「映画のなかの観客」と「劇場のなかの観客」が向かい合っている状態が、そこにはあったわけです。これはある種、他の映画では味わえない、違和感にも似た不思議な感覚でした。

『それぞれのシネマ』では、映画館という舞台のなかで、観客という登場人物が必然的な存在、時には主人公として描かれています。そして、この映画を見ている観客(私自身も含む)も、その登場人物、もしくは主人公のなかの一人であると感じさせてくれる―『それぞれのシネマ』はそういう映画だと、私は感じました。

この映画、実はフランスではDVD化され、一般に販売されているようです。正直、欲しい…、買いたい…という気持ちに駆られました。しかしながら、映画館という空間のなかでなければ、この映画を見る意味合いは全く違うものになってしまうのではないしょうか。だからこそ、『それぞれのシネマ』を劇場で上映してくれた東京フィルメックスに感謝、感謝。
加藤 舞

2 Comments:

  • 「映画のなかの観客」と「劇場のなかの観客」が向かい合っている状態、この違和感は私も感じました。一番感じたのはアキ・カウリスマキの「鋳造所」。映画の中の無表情な観客を映し出していますが、まるでわれわれを見ているような感覚に陥らせてくれました。

    By Blogger Tsutomu OYAGI, at November 20, 2007 at 1:29 AM  

  • 私がこの違和感を最も痛烈に感じたのはアッバス・キアロスタミ監督の『Where is my Romeo?』でした。観客数人の表情がクローズアップ気味で映し出されるわけですが、これがたった一人の観客だけ映し出していたらまた陥る感覚は違うものになっていたと思います。「数人」だったからこそ、そのなかに自分が存在するのかもしれないな、と。そういう、「集団としての観客」が被写体になっている作品も多かったですよね。

    By Blogger Mai Kato, at November 20, 2007 at 9:59 AM  

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